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(舞台芸術作品における)テクニカルディレクターという仕事 〜ヌトミック+細井美裕『波のような人』製作日誌より

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ヌトミック+細井美裕「波のような人」 © Naoshi Hatori

はじめに(2021年5月)

この記事は、ヌトミック+細井美裕『波のような人』にテクニカルディレクターとして参加した際に製作日誌として書き留めていたものを抜粋し、後日加筆修正を行ったものです。

4月21日の内容は、細井美裕(*1)さんから提案されたシステムとその開発について書かれています。ここで書かれていることは、「テクニカルディレクター」の仕事ではありません。テクニカルディレクターの仕事と重なる部分もありますが、どちらかというと「プログラマー」もしくは「エンジニア」です。
では、この舞台作品の「テクニカルディレクター」として、私がいったいどういう仕事をしてきたのか。それに対する考察(というか反省)が、本番初日の4月27日の日誌に書かれています。

2021年4月21日

データ化した男のカタチ

ヌトミック+細井美裕『波のような人』は、カフカの「変身」を原案とした舞台作品です。原作では男は「虫」になりますが、今回は「データ」です。サウンドデザインを担当している細井美裕さんから最初にお話を頂いたときは、「人の動きをセンサーなどで取得し、それをその男のデータとしたい」とのことでした。
そこでまず頭に浮かんだのは、山口情報芸術センター[YCAM]のインターラボとフォーサイスカンパニーのダンサーである安藤洋子さんとで共同開発されたRAM(Reactor for Awareness in Motion)でした。RAMはダンスの創作と教育のために開発されたもので、これを体験するダンサーの動きをセンサリングし、その結果をグラフィックや音のフィードバックとしてダンサーに返し、創作に役立てようというシステムです。

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撮影:田邉アツシ 写真提供:山口情報芸術センターYCAM

RAMを利用することで細井さんの希望は叶えられるのではないかと提案しました。細井さんはこのシステムを利用したプロジェクト(イスラエル・ガルバン+YCAM 「Israel & イスラエル」/2019)に参加していたこともあるので、もちろんこのシステムはご存知でした。ところが、どうもRAMを使えばOKというわけでもなさそうでした。

うまく言語化できるかわかりませんが、「人(ヒト)の動きを取ることに間違いはないが、それは人間の形をした身体の動きではなくてもよい」という印象を細井さんから受けました。RAMはダンサーに自身の動きをリファレンスとしてもらうためのシステムであるので、その動き、ダンサーの人間の形をした身体の動きを正確に取得する必要があります。ただ、今回はすでにデータ化してしまった人(ヒト)の動きを表現することを目指しているので、RAMを使用した方法だとあまりにも具体的にデータが取れすぎる。したがって、もう少し輪郭が曖昧な形でデータを取ってもよいのでは?ということです。

曖昧でいいとなると技術的要件は下がり、iPhoneを持ち寄ってレコーディングすればええやんとなりました。幸い、日本はiPhoneユーザーが多いのでほぼ同じ端末が容易に集められました。助かったー。イチからセンサーづくりとかしてたら膨大な時間が必要だった…。

後日、RAMについてYCAM InterLabパフォーミングアーツ・プロデューサーの竹下暁子さんに問い合わせたところ、「必ずしも人形ではないフィードバックもあります。全身の関節をつなぎ直して一本のラインにしたり、モーションデータの変化を色のバーで表したりと、ダンサーのリアルタイム(もしくは過去の動き)と連動する形で、どうダンサー自身に自分につながっているという実験込みで彼らの動きのアイデアを刺激できるかという意図がありました。(参考映像:https://vimeo.com/64771989)」と丁寧にコメントを頂きました!ありがとうございます!問い合わせついでに、お写真までお借りしてしまった…感謝感激。いつもありがとうYCAMさま…

じゃあ、RAMをお借りしてやればよかったんじゃないかとも思うのですが、たしかにその通りで。ただ、RAMを使用する場合には、本体機材と、それを操作できるYCAMのインターラボのメンバー、場所、予算、時間などなど…現実的な問題が大きくあります。その点に関しては、今回のようなシステムでも作品性や作家の要求する内容に応えられているので良かったのではと思っています。

レコーディング時のリファレンス

iPhoneで動きをレコーディングするにあたって、細井さんからもデータロガーのアプリ(センサーの値を記録するアプリ)をいくつか提案してもらいました。

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“Sensor logger”と検索するだけで山ほど出てくる

しかし、ほとんどのアプリがiPhone内にログを残すものでした。iPhone内に保存されたデータを利用するのでも問題なかったのですが、いろいろと検討した結果、リアルタイムにiPhoneのセンサーの値を通信してくれる「GyrOSC」を採用しています。GyrOSCを採用した理由は、RAMと同じ効果を狙ったためです。ダンサーの動きを取得し、それをリファレンスとしてダンサーにリアルタイムに返すことで、ダンサーの動きを変容させようとしました。(*2

ただし、今回は人間の動きを忠実に取得しようとはせず、乱暴に言うならばiPhone都合で値をとり、それをフィルターをかけたり修正することなく素直に波形→音に変換しリアルタイムに出力することでそれをリファレンスとしました。筋肉の筋(すじ)的にはかなりの負担がかかっているのに、iPhone的には360°回転してゼロに戻ってたり(つまりiPhone的には特に変化していないことになっている)します。

体への負荷と結果が一致しないのは、プログラミングしている立場から考えると、あまり気持ちよくはないのですが、「この気持ちよくなさも人間都合よな」と思ったら合点がいき、センサーの値、データだけをただただ処理することにしたのです。

このことで、ダンサーの動きに不自由さ/不都合さ/窮屈さ/散漫さを与えられると考えていました。ダンサーの身体感覚を破壊していくような気持ちにもなりました。
今回、ダンサーの岩渕貞太さんに参加してもらいましたが、このことは特に説明していません。しかし、数分のレコーディングの中で人間都合からはみ出した動き(つまり、センサーが反応しやすい動き)をしているように見えたので、正しかったのかなと思っています。

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iPhoneを身体に装着して動く岩渕貞太さんと、それを見つめる演出・額田さん

手にしたデータ

自分に技術がないと表明しているようであれなのですが(実際、自信があるわけではないのだけれど)、身体中にiPhoneを5台取り付けて(*3)、信頼性の低い通信方法だと、せっかくのセンサーの値もこぼれまくって(損失して)います。一応、時間の同期もとっているのですが、厳密ではありません。これについては念のため、細井さんと話しましたが、「別に大丈夫じゃね」となりました。

私の個人的な解釈なのですが、物語で人間である兄はデータ化します。その過程で全てが漏れなくデータ化するとは思えないし損失やノイズも加わるだろうし、心臓をベースにした時間軸も、筋肉の連動も骨のつながりもないだろうから、時間の同期も完璧でなくていいだろうと考えました。よって、技術的にも追い込んではいません。そういった過程で手にしたデータの不完全さから、詩的/劇的/霊的なものを(個人的には)感じています。(*4

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およそ1秒間ぐらいのiPhone3台分のデータ

データ→音(Sound Wave)

私の仕事の最後は、取得したデータを「音」にしてサウンドデザインをする細井さんに渡すことです。そこで、取得したデータを波形にして音に変換するシンセサイザーのようなソフトウェアを制作しました。音系のプログラミングをしたことがなかったので、シンセサイザーの基礎的な知識をリサーチするところから始めました。レコーディングされたiPhoneの三次元上の動きをそのまま使用するだけでなく、その情報を一次元に分解できたり、時間の圧縮/膨張を可能にするなど、音化するためになるべく自由度が高い状態で設計しました。そのソフトウェアを細井さんに託し、細井さんが調整した値を元にサウンドファイル化→細井さんの作業環境へと引き継がれていきます。

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今回のために制作したソフトウェア

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調整する細井さん

音→演劇空間へ

私が担当したデータに加え、様々な空間で収録した声や吐息などの音声データ(*5)が、劇場のマルチチャンネルシステムを介して、我々が認識できる現実の空間/時間軸上に細井さんによって配置されていきます。その作業をしている細井さんをずっと横で見ていますが、どういった塩梅でデータ(音)を配置すべきか苦心しているように見えます。(現実世界にエンコードしているとも言える)

テレビの心霊番組のように、電磁波の変化をで検知し「霊が怒ってる…!」と視聴者にわかりやすく表現や結果を結びつけることは可能(*6)です。

しかし、今回はデータ上に感情が残っているのか、残っていたとしてもそれは私達が認識している評価軸に当てはまるものなのかはわかりません。データとしての数値が0.1から0.02に変化したとして、私達からしたらそれはただ0.08だけ値が減少したに過ぎませんが、それが当の本人(登場人物の兄)にとっては怒りの感情かもしれません…(*7

演劇(にもいろいろありますが、ドラマが展開する舞台に関して)はある種の論理的整合性が求められます。そんな中、さきほど例にあげたような「わかりやすさ」(具体性が高い、イメージが限定的、筋が通る)と、データの数値の変化を例にした「わかりにくさ」(抽象度が高い、イメージが浮遊し肥大=豊潤さ、筋が通らない)のバランスを取りながら、限定された空間/時間を持つ演劇空間にこれらを配置していくという非常に困難な作業に細井さんは立ち向かっていました。

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立ち向かってる

2021年4月27日

本番初日の朝を迎えています。音響システムサポートの久保二朗さん、今回録音を担当したサウンドエンジニアの葛西敏彦が急遽劇場入りして、最終的な音の調整に入りました。二人のエンジニアがサポートに入ることで、アーティストである細井美裕のサウンドデザインがみるみるうちに組み上がっていきます。エンジニアすごい。

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左:久保二朗さん、右:葛西敏彦さん 中央:風神雷神に挟まれてる細井さん

さて、その作業ブースとアクティングエリアを挟んで逆サイドにある客席に座って、必死に作業をしている3名の世界を見つめながら、自分の仕事について思いを巡らせています。(*8

舞台芸術における)テクニカルディレクターという仕事

今回の作品では、テクニカルディレクターとしてここまで関わってきました(*9)が、そもそも演劇の現場でテクニカルディレクターってなんやねんと思います。現場には舞台監督(今回でいうと愛知県芸術劇場の世古口さん)さんというスタッフさんを統括する方もいるわけですから。

まず、この仕事を考えるときに思い出されるのは、先日、メディア芸術祭で優秀賞を受賞したサウンドアーティストのevalaさんによる映画作品《Invisible Cinema "Sea, See, She -まだ見ぬ君へ"》。ここでは舞台監督として参加させていただきましたが、今思えば「舞台監督+テクニカルディレクター」の両面の仕事をしていたかと思います。evalaさんが実現したい音響空間を、テクニカルディレクターとしてテクニカル面からの解決方法(ディレクション)と舞台監督としての実働(マネージメント)が必要となった場面がいくつもありました。

反省

そんな働き方から舞台監督の業務を切り離して挑んだ今回の現場は、平台と箱馬の匂いが香る「演劇」です。舞台とメディアアート*10)では、使用する言語も現場感覚も時間感覚も違います。自分は舞台の世界にいたので、演出家、俳優、スタッフの気持ちもわかるし、メディアアートの世界にいるので、アーティストとエンジニアの気持ちもわかる。わかりすぎて身体が千切れそうになるくらいしんどいんですが、しんどがってないで、両方の気持ちや言語が理解できるんだから、通訳的にちゃんと双方からヒアリングをして、舞台監督さんとディスカッションし、現実に落とし込む作業というのがもっと事前にできただろうと反省しています。(現場での喫煙所でスタッフさんとディスカッションしながらやっと気づく。*11

  • 作家が実現したい表現に対してのヒアリング
  • ヒアリングを元にした技術課題の抽出
  • 技術課題の検証、解決→技術要件へ
  • 技術要件の実現と情報の共有
  • 各パートとの調整(プロトコルやタイムラインの整理)
  • 現場マネージメント(舞台監督)とのスケジュール調整
  • 作業環境の整備
  • などなどなど

まったくできていなかったわけではないけど、もっとできたよな…。ていうか、これまでの舞台はこれをすべて舞台監督さんが担っていたかと思うと本当おそろしい存在だよ、舞台監督…。

良かったこと、気づいたこと

たくさん反省をしていますが、良かったこともあります。それは、舞台の世界から大きく外れてから携わってきた仕事が、またその世界に接続できそうだということに気づいたこと。そしてテクニカルディレクターという仕事が100〜500人以下の劇場にも必要になってきていること*12)。メディアテクノロジーが融けてきた証拠だろうな。大阪の若手劇団も、台本読みもiPhoneで読んでたし、ダメ出しもEvernoteで書いてたしなぁ。

あとがき(2021年5月)

個人的には自身が参加していたhmp《ハムレットマシーン》at 金沢市民芸術村のときのささやかなリベンジを果たせたことが嬉しかったです。当時は、四方を囲んだ幕に沿って取り付けられた透明のホースに赤い液体が上から流れてくる演出をがあったのですが、水圧や水の取り扱いの困難さを知らず、劇場の上の方でポンプが暴走してホースが外れて劇場に水をぶちまけるという大事件がありました。俳優として舞台に立っていた自分は気が気でない状態に陥りました。(*13

当時の反省と水を扱う展示などで得た知見を活かして。今回は無事に水を劇場上から流すことができました。よかったよかった。

最後に、演出部スタッフ/裏方スタッフ/制作スタッフの皆様、劇場スタッフの皆様、この公演に携わった皆様、そして、再び劇場という現場に戻してくれた細井さんと額田さんに心より感謝いたします。劇場に入ってからは大変な状況にもかかわらず、現場をピリつかせないように常に笑顔だった皆様に感謝します

ロープワーク、久しぶりに鉄管結び思い出せて嬉しかった。

あとがき(2021年6月)

滞在制作の裏側をまとめた動画を作成しました。テクニカルディレクターやりながら撮影もやってました。本記事と併せてご覧いただけたら幸いです!


www.youtube.com

クレジット

ヌトミック+細井美裕
『波のような人』
マルチチャンネルスピーカーと俳優のための演劇作品

2021年4月27、28日 愛知県芸術劇場 小ホール

作・演出・音楽:額田大志
サウンドデザイン:細井美裕

構成:ヌトミック
原案:フランツ・カフカ 『変身』

出演:長沼航 原田つむぎ 深澤しほ 岩渕貞太(音の出演)

テクニカルディレクター:イトウユウヤ
音響:山口剛(愛知県芸術劇場
音響操作:岡野将大(愛知県芸術劇場
音響システムサポート:久保二朗
録音:葛西敏彦
データ収録協力:株式会社小野測器
舞台監督:世古口善徳(愛知県芸術劇場
舞台美術:渡邊織音
美術アシスタント:内間絢美 野田夢乃
照明:川島玲子
照明アシスタント:鷹見茜里(愛知県芸術劇場
衣装:清川敦子
衣装アシスタント:菅井一輝 佐藤亜矢
ドラマトゥルク:前原拓也
宣伝美術:タカラマハヤ
演出部:森円花
制作:河野遥
劇場制作:山本麦子(愛知県芸術劇場

協力:東京デスロック 散策者 DrillBros 金井大道具NAGOYA共同企業体 ACOUSTIC FIELD studio ATLIO グループ・野原 office cassini syuz'gen 岡野宏治 田中みゆき 木村恵子 Théâtre de Belleville みんなのひろば 森下スタジオ

主催:ヌトミック・愛知県芸術劇場
企画・製作:ヌトミック
助成:公益財団法人セゾン文化財

*1:細井美裕/サウンドアーティスト https://miyuhosoi.com/ 細井さんとはご一緒させていただく機会が多く、最近では羽田空港の作品「Crowd Cloud」(スズキユウリ氏との合作)には私もテクニカル総括として参加しています。

*2:あとは、120円と非常に安価で試しやすかったことも立派な採用理由のひとつ

*3:そもそも人の動きを取得するのに5台も少ない。モーションキャプチャだと数十個のマーカーを使用するのに…

*4:ミロのヴィーナスの失われた両腕的な?

*5:どのように音声が収録されたのか。詳しくはこちら→「Behind the Scenes of ヌトミック +細井美裕 舞台「波のような人」#1」 https://youtu.be/uCA1pYeArrg

*6:演劇でも、例えば何かしら音が鳴って、それを「霊が怒ってる」と登場人物が指摘すれば、霊が怒ってることにできてしまう強み/弱みがあります

*7:…といったことを考える余地を今回の作品は与えてくれています。

*8:毎回新しいシチュエーションで仕事をさせてもらっていますので、自分自身も探り探りで行っています。世のスタッフさんからしたら「うすっぺらい」と思われるかもしれませんが、すぐに忘れてしまう自分の今後と、その周りで仕事をしてくれる人たちと共有するために恥を忍んで書き留めておきます。

*9:4月21日の日記ようにシステム開発もしていたけど、これはテクニカルディレクターとしての仕事ではない

*10:または現代美術

*11:この喫煙所のディスカッションが本当に大好き

*12:「紙吹雪を降らせたい」「せりあがりたい」「回転したい」といった江戸時代に急激に進化した歌舞伎の芝居小屋のような、一種の「物理的からくり」なことを実現するには舞台監督や舞台スタッフの知見が非常に重要です。しかし、「いま世界で起きている地震のデータを取得したい」といったようなメディアテクノロジーに関する「テック(テクノロジー)的からくり」については、テクニカルディレクターとしての知見がうまく転用できるのでは??という話。「テック的からくり」で陥りやすい罠が「自動化したい」という欲望。舞台スタッフは非常に有能なので無理に自動化しなくても、舞台スタッフの手で行ったほうが早いし簡単、確実なことがあります。そこのバランス感覚は重要。そして、自分はそのバランス感覚は持っている気がする。たぶん。

*13:幸運にも客席には水がかかることなく、お客はそういった効果だと思ってくれた。めっちゃ怒られたけど。